若手心理学者が考える新たな心理学研究法

質的/量的アプローチの垣根を越えるチャレンジ

 心理学が心の科学として成立するためには、行動反応の数値化、統計解析といった量的手法の発達が必要でした。 心理物理学測定法が確立され、多変量解析法が考案されることで、言語報告では捉えにくい心の尺度構成が明らかにされてきました。

 しかし、ヒトの心を理解するためには質的なアプローチが必要になることも確かです。質的研究法では、現象の性質や特徴などの数値化できないデータを扱い、実験や統計には適さない研究課題を解明することを目的としています。これにより、量的研究では明らかにならない因果関係や一般化できない事例に対する検討が可能です。 例えば、カウンセリングの手法の評価は、母集団に有効か否かという観点から量的アプローチによる検証が可能です。一方で、クライエントがどのような経緯で回復にいたるかという問題は量的アプローチでは捉え難い問題であり、これに取り組むのが質的アプローチです。

 

 本ワークショップは、質的/量的アプローチのそれぞれを批判検証することを目的とはしてはいません。むしろ、両者の「いいところ取り」をすることで、新たな心理学の姿を築く可能性を模索するという大胆な企画です。この試みは、新たな世代を築く若手だからこそ可能なものであると考えています

  ワークショップでは最初に、質的/量的アプローチに関わる研究や実践現場での動向を講演者の先生に解説していただきます。その後、受講者同士でワークシートに基づいて、質的/量的アプローチに関わる新たな心理学研究法の形に関して議論を行います。この議論の内容はホームページといった媒体で公開する予定です。

 

 研究・実践活動に携わっていなくても構いません。普段は交流のない様々なバックグラウンドを持つ方が意見を交わすことで、今までにない新たな価値観が生み出されることを期待しています。

 

スケジュール

3/7  9:00-12:00

 

 9:00-  開会・企画主旨説明

 

 9:15-        招待講演① 質的研究 / サトウタツヤ  先生(立命館大学)

【質的研究について考える】 

 この講演では、私がなぜどのように質的アプローチや学融(トランスディシプリナリ)に関心をもったのかについて振り返りながら、「心理学における質と量」「質的研究とは何か」「量的研究と比べたときの質的研究の利点と欠点」「質的研究と量的研究の相補性」などを中心に話をしたいと思います。 また、講演者自身が、なぜどのような動機で新しい方法論であるTEA(複線径路等至性アプローチ)を提唱するに至ったのか、それが現在どのように受け入れれているのか、ということも話したいと思います。  これらの話を通じて、研究(知識生産)をより楽しくするスピリッツや研究仲間の大切さについて共有していただきたいと思います。

 

10:00-   招待講演② 量的研究 / 長岡千賀  先生(追手門学院大学)

【クライエント-セラピストの関わりに関する定量的分析】

 心理療法の対話では,クライエントはセラピストとの対話を通して,新しい視点を獲得し気づきを得る。これを可能にするのは,クライエントとセラピストのどのような関わり方であろうか。また,発達障害を持つ子どもの支援の1つとして行われている作業療法のセラピーでは,子どもの主体性を引き出すことが重視されている。では,子どもの主体性を引き出すことを可能にするのは,どのような関わり方であろうか。こうした疑問からスタートした,心理療法の対話における非言語行動の定量的検討,ならびに,子どもと作業療法士の関わりに関する定量的検討を本発表で紹介する。研究する中で感じた,異分野で連携することの楽しさ,難しさと対策についても紹介する。

 

10:45-      討論会

 

11:55-      閉会

講師紹介

・サトウタツヤ 先生 ( 立命館大学 )
URL: http://www.ritsumei.ac.jp/psy/teacher/sato-tat/ (外部リンク)
サトウ先生は『心理学史』(2011)『学融とモード論の心理学』(2012)『質的心理学の展望』(2013)の著者であり、心理学史、学問のあり方論(科学社会学)、質的アプローチに関して深い見識を持たれております。また日本心理学会の『心理学ワールド』の創刊編集委員のお一人です。その背景には理論や方法論を考えるということ、さらにその背景には研究を楽しくしようとする姿勢があるようです。

本ワークショップでは心理学的研究のあり方について論じていただきつつ、質的アプローチとは何か、その功罪についてご紹介いただきます。

 

・長岡千賀 先生( 追手門学院大学 

URL: https://researchmap.jp/nagaoka/ (外部リンク)
長岡先生は認知心理学、社会心理学をご専門とされております。研究テーマは多岐に渡り、その中でも、心理療法におけるカウンセラーとクライエントとの相互作用を発話形式を指標として検証するというように、一見すると数字では捉え難い現象に対して定量的アプローチを用いた研究実績を持たれております。
本ワークショップでは長岡先生にご自身の研究をご紹介いただくことで、近年の心理学では当然のように扱われることが多い定量アプローチに関して再考察を行います。